168、ラジコン再燃

だいぶ前に10年ほどハマっていたエンジンカーのラジコン。再燃してしまいました。(笑)

ラジコンとの最初の出会いは仕事関係の展示会で幕張メッセに行ったときでした。ビジネスショーの隣で行われていた京商のエンジンカーレース(京商カップ)をたまたま見て、その迫力とスピードに感動してしまい、会場にサンプルで飾られていた本体とプロポなどがセットになったスーパーテン(今の1/10サイズよりかなり大きい)をスタッフの人にお願いして大人買いしてしまいました。今見ると会場も見物人の熱気も凄いですね。

 

説明書を読んでもよくわからないまま、とりあえず家にあった適当なドライバーで組んだもののボディを塗るスプレーも燃料もないので、秋葉原まで最低限必要なパーツや工作道具を買いにいきました。

ラジコンショップに入るとパーツの山でどこに自分のキットのパーツがあるのかもわからず、店員さんに初めてなんですとビビりながら聞くと、あれもこれもそれもとどんどんカゴにパーツが投げ込まれていきます。その時点で最初のキット買いした金額を大きく越えていきました。趣味の世界は奥が深く沼るのを実感したときです。

店員さんに揃えてもらい、とりあえず出来たので、家の前でエンジンをかけてみることに。ところが何十回もリコイルを引っ張りますが全くかかりません。もし、展示会場で走る姿を見ていなければここで諦めてラジコンは辞めていたでしょう。

次の日、リコイルを引きすぎて燃料が詰まっている状態(オーバーフロー)かもと気付き、点火グローを取り外し、中の燃料を出してかけてみると、パラパラとエンジンがかかりました。その時は本当に嬉しかったです。

最初は自宅の近くのNHKホールの大きい道路で夜中にひとりでボディもつけずにぐるぐると走らせていました。そのうちラジコン雑誌でラジコンの専用サーキットがあると知って行ってみることにしました。東京の下町にあったラジコンショップ併設の日本橋ラジコンサーキットというところでその当時はかなりラジコンが流行していて、沢山のお客さんで賑わっていました。

そこにはたまたま同じメーカーの車体を持っていたので仲良くなった日本通運の航空部門にいた「沼野裕明」君がいて、彼とはその後、何年もいろいろなサーキットを一緒に行動する親友になります。彼は優秀で、米国日本通運のダラス支店長までなっています。

電動カーではヨコモの広坂選手が世界戦のタイトルホルダーで有名でした。

京商カップを見て感激した僕は、そのままラジコン沼に引き込まれ、12エンジン、15エンジン、21エンジンと盛大にお金と時間を使うことになります。毎週各地のサーキットに二人で出かけてはレース三昧してました。たぶん年間レース費用は本体とエンジン、パーツ代、宿泊交通費で数百万かかっていたかも。

過去のレース三昧の話は色々あるので、おいおい出していきます。

というわけで、一足飛びに最新ラジコンを買うことに。(京商 V-ONE R4 Evo.3)

 

上に載せたスーパーテンとは、全く違うハチイチを小さくしたデザインになってました。さらに進化が激しいのは電装系でクリスタル不要(昔は周波数が限られていて毎回の確認が面倒でした)に驚きました。車体の方は電装系が小さくなったのでより自由度が高まり、低重心化していました。

昔の道具やエンジンやタイヤが使えるかなと期待していたのですが、チェックしてもらうと全滅していたので、ほぼ全部買い直しで20万位でした。エンジンカーでなく電動カーなら10万程度で揃うかな。

とりあえず買ってきたばかりなのでわくわくしながら組み立てを楽しむつもりです。